格差を内面化するハタ迷惑なイベント「スキー教室」

トラウマ

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どうも、ぶちおです。

義務教育では、心を蹂躙する数々の「強制参加イベント」が発生しますね。

スキー教室という迷惑イベント

先日押し入れの片付けを行いました。

その時に「スキー靴」を発見し、過去の苦い思い出が蘇ってきました。

小学校高学年~中学2年までの間、学校行事で年2回「スキー教室」なるイベントがありました。

日帰りでスキー場に行って、練習して帰ってくるというものです。

スキーの技量(自己申告)によって初級コース、中級コース、上級コースの3つに分かれ、それぞれのコース毎に10人程度の班を作り、班ごとに指導の先生1人が付きます。

スキー道具は各家庭で準備しなければなりません。

今ならモンスターペアレントに真っ先に潰されそうなイベントですが、私の小中学校時代(20世紀)は普通にありました(今でもあるのかな?)。

スキー技量は家庭の格差が浮き彫りになります

小中学校のころにスキー技量を習得するには、

  • 親がスキーをやる
  • その親にスキーに連れて行ってもらう

の2つが必要ではないでしょうか。ただボーっと生きているだけではスキーの技量など高まるはずがありません。それ系のスポーツクラブに入るルートもあるかもしれませんが、それも親の理解あってこそです。

親がスキーをやるかやらないか」がすべてです。

親がスキーをやるということは、ある程度の経済的余裕があるということです。さらに、文化にも理解があると言えるでしょう。経済格差、文化格差が浮き彫りになります。

私の親はスキーなどやりません。その子供である私は当然のごとく初級コースです。

スキー教室当日

当日はバスで移動します。その時点で何か中級・上級コースの人間に見下されている気がするから不思議です。スキーの話になると、言葉の端々に優越感の匂いがします(被害妄想かもしれませんが)。

スキー場では班ごとに分かれます。見下してくる人間がいないので、初級コースの人間だけで滑っているときはそれなりに楽しいです。

ですが、スキー場も無限に広いわけではないので、たまに中・上級コースの班と近くなります。

こっちがボーゲンでちまちまやってる横を、パラレルで颯爽と通過していきます。こちらに手を振る余裕も見せてきます。手を振り返しますが、今までの楽しさにちょっと陰りがでます。

自意識過剰な小中学校時代に、ヒエラルキー構造を知らしめられるのは効きますね~😫

「スキーなんか2度とやらない」と決意するのに十分でした。

終わりに

今思えば、スキーの上手いヤツはスクールカースト上位層に多かったですね。

そして、カーストと経済格差・文化格差は相関があったように思えます。

小学校高学年時点でのカーストが、一部を除いてそのまま中学校にも引き継がれていきました。

小学校のころから優越感に浸るポジションにいれば、それが内面化されて正のフィードバックが効いて、ますますカースト上位メンタルが出来上がっていくのでしょう。逆にカースト下位は負のフィードバックが効いて下位メンタルが出来ていきます。

「親ガチャ」という言葉が昨今使われるようになってますが、スキー教室はまさに「親ガチャ」を象徴したようなイベントだったと回想します。

義務教育時代のイベントでカースト上位層に入ってなければ、社会人になっても蹂躙される側になる可能性が高い気がします。

蹂躙される側の出口戦略とは何か?

そう「セミリタイア」ですね😃

Posted by ぶちお