読書が趣味と答えると謎の「格下感」を感じる

思想

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どうも、ぶちおです。

趣味を聞かれるのは苦手中の苦手です😔

読書は格下なのか?

私は「読書」を趣味にしています。

趣味を聞かれる機会がたまにあるのですが、なかなか「読書」とは答えにくい感覚があります。

履歴書などに書いて就職面接で答えるのは問題無いのですが、飲み会や世間話のときにはなぜか答えにくいですね。

スポーツなどのアウトドア系や、インドアでも映画とかなら堂々と答えられる気がするのですが、なぜか読書というと「格下感」が沸き起こってきます。

この謎の感覚はどこからくるのでしょう?

「つまんないヤツ」の恐怖

読書と言おうとするときに、頭にチラつくのは以下のようなことです。

  • ほかにやることが無いヤツと思われる
  • 真面目なヤツと思われる
  • 暗いヤツと思われる

総合すると「つまんないヤツ」と思われることに抵抗があるということです。

これはどうやら人間の本能からくるらしいです。

橘玲氏の書籍をよく読むのですが、その多くの書籍に繰り返し出てくるのが以下の文です。

ヒトは徹底的に社会的な動物で、自分を集団と一体化させると同時に、集団のなかで自分を目立たせるというきわめて複雑なゲームをしている。ここから生まれるのが「社会的なアイデンティティ」と「個人的なアイデンティティ」だ。

引用元:無理ゲー社会

自分を目立たせることができなければ、異性を獲得できずに自分の遺伝子を後世に残すことができないとのことです。

つまんないヤツ」≒「目立たないヤツ」となります。

遺伝子を残す」これは生物としての本能ですので、なかなかに抗いがたい。

もはや異性を獲得したいとは思わないのですが、本能の方はそうではないのでしょう。

本能ってやつは、なかなかに厄介ですね~😫

他人と比較しないって本当に可能なのか?

幸せを語る本だったり歌だったりによく出てくるフレーズに「他人と比較しない」があります。

そこらじゅうで目にしますが、これを本当に実践できている人っているのでしょうか?

相手は「人間の本能」ですから、ちょっと聞きかじったフレーズで抑え込むってムリな気がします。

それ系の本を読んでる間は「そのとおり」と思えますが、いざ実戦の場で本能に抗うことは容易なことではありません。文章の中で「フリ」はできるかもですが、心の底からはムリなのでは?

本当にできるとすれば、その人はもはや「仏陀」じゃないですかね。

いいフレーズだけど実践できない、だからこそこの系統の本やら歌やらが延々と売れ続けるんでしょうね。

終わりに

趣味の話から変な方向に行ってしまいましたが・・・

「他人と比較しない」はムリでも「他人と比較してしまう場所からなるべく遠ざかって影響を最小化する」は可能なのではないでしょうか。

読書を趣味にしてて、それを堂々と言いづらい環境にいるのであれば、そこから距離を取った方がいいかもしれません。

そのためには何をすればいいか?

一つの答えが「セミリタイア」ですね😀

Posted by ぶちお