セミリタイアまでの経緯 -大学時代-

経緯

スポンサーリンク

どうも、ぶちおです。

大学時代の振り返りです。

国立大学へ

地元県から2つ離れた某県の国立大学の工学部へ行きました。

地元県にも国立大学があり、偏差値的にも同等でしたが、実家を出たかったので某県を選択しました。

実家を出たかった理由は、子供部屋とか無かったので、自分の部屋というものに住んでみたかったからです。

家庭の経済的には厳しい状況でしたが、大学ぐらい出ておかないとヤバイという空気感の後押しもあり、日本育英会の第一種奨学金(利子無し)をゲットして無理やり実家脱出した感じです。

学生生活

「大学デビューしてモブ卒業じゃー」 何てことには当然なりません。三つ子の魂百までです。

サークルとかには全く入らず、基本は学校とアパートとバイトの3か所回遊です。仕送りだけでは生きていくギリギリだったので、バイトしてました。レギュラーでは中古ゲーム屋店員、夏休みなどの長期休みに菓子工場の箱詰めをやってました。

自分の部屋を持ったのが始めてだったので、部屋に居ることは全く苦じゃなかったですね。バイト代を使って部屋をカスタマイズしていくのは楽しかったです。引きこもり耐性にますます磨きがかかりました。

就活

そんなこんなで、派手なイベント全く無い日々が過ぎ、就活時期になりました。

後に就職氷河期と言われる時期の初期でしたが、1社受けて内定貰って終了でした。就活期間は実質1か月程度でした。研究室の推薦状持っていけば何とかなった最後の時期だったのでしょうね。

受けた会社は地元県の隣県にある東証1部上場企業の子会社(工場)です。周りの同級生は本社採用狙いが多かったですが、私は最初から子会社狙いでした。(時代的に本社採用も無理ではなかったと思います)

  • 私の力では、本社採用では苦しむことになると思った。
  • 長男なので、東京ではなく、何かあったとき地元にすぐ帰りやすい場所にしておこうと思った。
  • かといって、実家に戻るのはイヤなので、地元県への就職は避けた。

メジャーリーグの控えよりも、マイナーリーグでレギュラーに収まろうとしたんですね。今思えば、拙い理由ですが、その時はベストな選択をしたと思ってます。この時の選択があったから、今まで何とか生き残り、セミリタイア生活挑戦へつながったのかなと考えています。(まあ、たらればは言い出したらキリがありません)

こんな感じで大学生活が終了し、サラリーマン生活へ進むのでした。

Posted by ぶちお